2014年12月03日

音楽と楽器。

とても密接に繋がっていますが、どっちが重要かと言えば音楽。

楽器にこだわりを持つのはおおいにけっこうですが、楽器に縛られてしまっては、本末転倒。

そーゆー意味を踏まえて言えば楽器に対する愛はないに等しい僕ですが、楽器選びにはとても苦労してました。

最近は素晴らしいアンプと楽器に囲まれているので忘れかけていますが、試行錯誤をし続けたものです。

良い楽器に出会うことで、演奏のレベルも上がるので、それ以降の楽器との付き合いも非常に楽になります。

きっと一生そんなことを続けて行くことになるんだと思いますが、とにかく大事なのは音楽なので、自分が演奏する音楽が育っていないとどんなに良い楽器を持っても宝の持ち腐れに。

なんとか小僧とか、なんとか馬鹿になるなら楽器じゃなくて音楽にする事をお勧めします。

posted by shinjibass at 14:21| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人の事を言う前にやらなければいけないこと

そんなことが山ほどあるのが今の日本です。政治家への要望や文句は急務ですが(笑)。
個人的に一番気になるのは、外国の固有名詞。けっこう日本では無神経に発音を変えちゃいます。時には全く別の言葉を作ってしまったり。
そしてそれを今更変えられないと正当化するケースがかなり多いです。
外国人が相撲や柔道の決まり手に勝手に名前をつけて、「この国では既にその名前だから」と言ったらどう思いますか?
今年の夏にジェリー・ジェモットと仕事をした時に、僕の名前のスペルや発音を間違えていたのですが、それを指摘したら「これは重要なことだ」と言って、すぐになおしていました。これって重要な感覚なんですけどね。

特に日本で音楽をやる人達。一部の専門家を覗いて殆どがヨーロッパ、アメリカが発祥の音楽をやっています。オペラやクラシックならイタリア語とドイツ語を勉強するのは当然です。

となると、現在日本で音楽をやってる人達は皆、英語を勉強した方が良いと言うか、それが本家に対する尊敬の念をあらわすことと言えます。

日本の専門誌では、最初につけてしまったカタカナの発音がどんなに本当の発音と違ってもなかなか変えることはないし、あまりに日本人の語感に合わない固有名詞は、簡単に他の名前を創りだしたりします。

かと思えばどーでも良いところで意味も良く分からないままカタカナ英語を使ってみたり。

多少辛辣ですが、英語以外にロックは成立しないという、チャーリー・ワッツの発言にこころして耳を傾けるべきです。

個人的な感覚としては、テンポがあまり速くないものに関しては許して欲しいとは思いますし、日本の音楽の中で一番ロックを感じたの大先輩のフォーク・シンガーの方達でした。

表面的なサウンドは真似できても、現在の音楽の大半を占める歌詞の方向を自分なりに把握出来ないというのは、相当な障害があると自覚しないといけません。

本場で全く通じないカタカナ固有名詞を使い続ける理由は怠けとしか言いようがないのですよ。

日本がお金持ちになる前の先輩達は当たり前のように英語を勉強していて、本場との繋がりも強かったし、かといって日本人としての自己をしつかりと持っていた気がします。

状況的に今の日本を冷静に見たら完全な三流国です。もっと色々勉強して、おかしなところは相当な痛い思いをしてもなおしていく覚悟がないと、お先は真っ暗です。

マッスル・ショールズの映画ではその時代の音楽はその後の未来を映す鏡だと言っていました。
このままだととんでもない未来が来てしまいそうです。



posted by shinjibass at 04:27| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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